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ウガンダ マーチソンフォールズ国立公園への旅

かって英国のウエストン・チャーチルをして「黒い大陸の真珠」と言わしてたウガンダの自然。ヴィクトリアナイルに多量の水を注ぎ込むマーチソンフォールズ、山々に囲まれた数多くの湖、神秘の山・ルウェンゾリ、多くの野生動物が暮らすサバンナなどウガンダの自然の多様さは他のアフリカの国々と比べても明らかに抜きん出ている。しかしその自然を見に行きたくとも、長い間、ウガンダの政治情勢がそれを許さなかった。ウガンダは恐怖政治と経済危機、そして内戦に長い間明け暮れ、ウガンダの人々にようやく笑顔が戻ったのはまだ最近のことなのである。

ウガンダの悲劇は1966年のオボテ大統領のブガンダ王国のカバカ王の追放と王政の廃止から始まった。今まで王政の元で各部族が統一されていたが、部族間の政権抗争が表面化し、以後今日までいたるウガンダの不安定な情勢の下地となってしまった。世界でも悪名高き独裁者イディ・アミン・ダダの恐怖政治と外国人追放による実質的経済活動の停止、タンザニア軍の介入、相次ぐ軍事クーデターなど、ウガンダに安堵が訪れることは全くなかった。1980年代の首都カンパラは、機関銃を持った兵士が闊歩し、ことあるごとに銃撃戦が発生するという当時アフリカでもっとも危険な町と言われていた。

しかし1987年にクーデターで政権に就いたヨウェリ・ムセベニの登場で、ウガンダ情勢は少しづつ変化が現れた。ムセベニは隣国や欧米諸国との国交回復と、破綻していた国内経済の建て直しに着手した。その結果、就任してしばらくはまだ混乱状態は続いたものの、1990年中頃には奇跡的にも治安情勢や経済情勢がほぼ正常に戻り、慢性的な物不足やホテル不足も徐々に改善されはじめた。さらにムセベニ政権は観光産業にも力を入れ始め、できるだけ多くの外国人にウガンダの豊富な自然を見てもらおうということから、ウガンダはアフリカの国としては珍しくビザのいらない国となった。


ウガンダの首都・カンパラの中心街


カンパラのタクシーパーク


ヨウェリ・ムセベニの選挙ポスター

1996年、僕はマーチソンフォールズに行くためにウガンダを訪れた。旧名をカバレバの滝と言うこの滝はこの国の象徴的な存在で、ウガンダのガイドブックには必ずと言ってもよいほど観光の目玉として取り上げている。しかしいくら象徴的な存在と言っても、まだウガンダ国内のインフラ整備が全くと言ってよいほどなされていないため、そこにたどり着くまでは苦労の連続になるのである。

ウガンダのガイドブックによるとマーチソンフォールズへ行くには、まず拠点となる町マシンディ又はブリサに行き、マシンディからはタクシーチャーターかヒッチハイク、ブリサからはタクシー自体がないのでヒッチハイクか国立公園に勤務するレンジャーの方がブリサに住んでいるので、頼んで出勤時にジープに一緒に乗せていってもらう以外方法がないとのことだった。

いずれにせよウガンダ観光のハイライトが、大変不便なところにあるのだ。念のために僕はカンパラにあるツーリストインフォメーションに行って、情報を収拾することにした。

ツーリストインフォメーションは町中のきれいなビルの2階にあった。中に入ってみると感じのよい男性が相手をしてくれ、僕はマーチソンフォールズの行き方をいろいろ尋ねた。男性は地図を出してきて、すごく丁寧に教えてくれた。男性によるとマシンディから国立公園の村パラアまで無料のトラックがあるとのことだった。

これは知らなかった。マシンディからパラアまでタクシーをチャーターすると往復で少なくともUS$200はすると聞いていたが、無料の送迎トラックがあるのならこんなにありがたいことはない。これもムセベニ政権の観光事業の一環なのだろうか。僕は翌日カンパラを後にして、乗り合いタクシーでマシンディへ向かうことにした。

乗り合いタクシーとはケニアでいうマタトゥのことで、簡単に言うと改造したバンである。カンパラからマシンディまではで約3時間の距離であるが、乗り合いタクシーは特に出発時間決められておらず、乗客が集まり次第出発となるため、運が悪ければ何時間も待たなければならないこともある。幸い僕がタクシーパーク(乗り合いタクシーの乗り場)に到着したとき、マシンディ行きは乗客がほぼ集まっていたため、それほど待たずに出発することができた。

しかし乗客の集まりすぎにも注意が必要である。僕の乗ったマシンディ行きの乗り合いタクシーは身動きが全く取れないほどぎゅうぎゅう詰め状態になり、決して快適な旅とはいかなかった。その上、途中の村々でもどんどん乗客を乗せるので、マシンディに近づくにつれて道中はさらに過酷を極めた。

ウガンダをはじめ東アフリカの社会は、相互扶助の考えが浸透しているため、どれだけ乗り合いタクシーが混んでいても乗客がおれば乗せるのである。乗客は一人でも多くの人が乗れるように、何とかしてスペースを作るように努力をしており、誰一人として文句は言わないのである。その努力の結果、最終的には最前列は通常3人掛けでもきつい椅子にドライバーを含めて4人が座り、2列目は4人ずつ向かい合わせに座り、そのうち2人は赤ん坊を抱いていた。さらに人と人との間には立ち客が2人いた。続いて3列目は地獄の5人掛けとなり、そのうち2人は赤ん坊を抱き、子供が1人立っていた。むろん僕もこの中にいた。 身動きが取れない上、体を締め付けられているため、だんだん体中が痺れてきた。外を眺める余裕もなく、ただ耐えるのみ。僕は命からがらマシンディに到着したのだった。

マシンディはこれと言って何もない田舎町だったが、カンパラとは比べ物にならないくらい物価が安いのが助かった。僕は翌日のマーチソンフォールズ行きの無料トラックの時間を調べるために、マシンディにある国立公園事務所を訪れた。そして中にいた男性に尋ねてみると、そんな無料トラックなど無いと冷たく答えられた。ああ、カンパラのインフォメーションで聞いた情報と全く違うではないか。

残された手はタクシーチャーターかヒッチハイクである。僕が困惑していると気の毒に思ったのか、男性は週に1〜2度国立公園から食料買い出しにマシンディへやって来るトラックがあり、食料を買い込んでマシンディを15時ごろに出発するので、それに乗せてもらえれば無料で国立公園へ行くことができると話してくれた。どうもカンパラのインフォメーションで聞いた無料トラックとはこのことではないだろうか。僕は次にいつトラックが来るのか男性に尋ねてみたが、当日にならないと分からないとのことだった。男性は今日はトラックが来ていないので、たぶん明日来るよと付け加えてくれ、明日の朝8時に確認のためにもう一度事務所に来てほしいと言った。

しかしよくよく考えてみると、たとえトラックが来たとしても、マシンディを15時発だと国立公園に宿泊する必要がある。国立公園の宿泊施設と言えばパラアレストキャンプのみで、ここの宿泊費はバカ高い。その上、帰りはまたそのトラックがマシンディへ行く日を待たなければならず、少なくとも2〜3日は国立公園で足止めを食らうことになる。どうしようかと悩んだが、僕は一応明朝8時に事務所に行ってみることにした。
 
その後、僕はマシンディで最も大きなホテルであるマシンディホテルへ行ってみた。宿泊客の中に明日マーチソンフォールズへ行く人がいるかどうか、確かめに行くためである。そしてもし運良くいたなら、直接交渉して乗せていってもらおうと思った。しかしフロントの方に尋ねてみたが、明日国立公園に行く人どころか宿泊客もゼロとのことだった。残念、残念。

僕は予定通り朝8時に事務所を訪れた。そして昨日の男性に今日トラックが来るかどうか尋ねてみたが、今日は来ないと素っ気無く言われてしまった。どうもツキがないようである。仕方が無いので、2時間ほどヒッチハイクをしてみたが、車が一台も通らない。現在マシンディには僕以外に観光客はいないのではないだろうか。そう言えば、観光客らしき人の姿を一人も見かけない。僕はマシンディからマーチソンフォールズを目指すことを諦め、もう一つの拠点ブリサに賭けることにした。


ブリサにて

時間がもったいないので、僕は早々ブリサへ向かうことにした。運良くマシンディのタクシーパークからブリサへ行くピックアップバスが出るところだったので、それに飛び乗った。こちらも相変わらずの寿司詰め状態である。

もちろん身動きは全くとれず、僕のバックパックも見事に他の客の椅子へと早変わりしていた。しかも物凄い悪路で、激しい振動と歩いたほうが早いのではないかと思うくらいののろのろ運転に悩まされた。

挙句の果てはオーバーヒートを起こし、数時間待たされる羽目になった。結局マシンディを出発して5時間後の16時に無事ブリサに到着した。

 ブリサは田舎の国ウガンダにあって、さらにド田舎だった。当然道は舗装されておらず、水道も電気もガスも来ていなかった。いよいよウガンダの奥地にやって来たという実感が湧いてきた。僕はホテルを探す前に喉がカラカラに渇いていたので、まず売店に行ってコーラを飲んだ。


ブリサにあるコーナーホテル

もちろん冷蔵庫は無いので、店先にあった半分沸騰したコーラである。その後、僕はブリサ唯一のホテルであるブリサコーナーホテルにチェックインした。

一泊400円の安宿で夜はロウソク生活になり、シャワーもないのでバケツに汲み置きされている水をもらって浴びなければならなかった。 僕は早速ブリサに住んでいるレンジャーの家を探しはじめた。

しかし誰に聞いてもレンジャーの家など知らないという。ホテルに戻ってスタッフに聞いてみたが、誰も知らなかった。僕が困っているとスタッフの一人がやって来て、自転車の二人乗りで連れて行ってやろうと言い出した。

これはありがたい申し出だ。国立公園の入場料込みで約¥2000と運転に疲れたときは運転を交代することが条件で交渉がつき、僕は明日このビンギと呼ばれるスタッフと一緒に自転車でパラアを目指すことになった。


パラアへの道
向こうに見えるのが、ナイル河

僕とビンギは翌朝6時にホテルを出発した。ブリサからパラアまでの距離は約33キロで、ジャングルを貫いている一本道となっていた。当然舗装などされておらず、さらにアップダウンが多いかなりの悪路である。下りはよいが、上りは自転車を降りて歩かなければならなかった。
 
周りはまだ暗いが、日中とは違って涼しく風も爽やかだった。僕たちは何度か運転を交代しながら、一路パラアを目指した。ジャングルの一本道は行けども行けども同じ風景の繰り返しで、変化に乏しかった。

周りが明るくなり始めた頃、突然僕の背中に「チクッ」という痛みが走った。ツエツエバエである。ツエツエバエの群れが襲ってきたのだった。ツエツエバエは恐ろしい眠り病を媒介する吸血性のハエである。

僕たちは一目散に逃げたが、ツエツエバエもしつこくどこまでも追いかけてきた。しかしこんなにしつこいとは思わなかった。

普通ハエの仲間は人間を見たら近寄ってこないものだが、ツエツエバエは貪欲にも追いかけてくる。何とかツエツエバエの襲撃を振り切り、僕たちは再びパラアに向けて無心に走り続けた。


そしてようやく国立公園のゲートに到着した。ここで国立公園の入場料外国人約1700円、ウガンダ人約200円を払い、僕たちはしばし休憩した。ここまで来ればパラアまではもう一息である。再び僕たちは自転車を漕ぎ始めた。さすがにこの悪路の中をここまで来ると疲れがたまり、次第に運転を交代するペースが早くなった。やがて辺りが開け、前方に大きな川が見えてきた。ナイル川である。そしてもう少し行くと、ようやくパラアに到着した。到着時間8時30分、実に2時間半かかったことになる。とにかく到着して、ほっとした。

到着したのも束の間、僕はボートサファリを予約しようと予約カウンターへ向かった。しかし客は僕一人で、他に誰もいなかった。ボートの料金は1隻が約12000円で、集まった乗客で頭割りすることになっていた。もしこのまま僕一人でボートを出すことになると、約12000円の出費は痛い。しかしここまで来て乗らないのも後々後悔することになる。僕は出費を覚悟して、他の乗客が来ないかもう少し待つことにした。そして待つこと約30分、幸運にも白人5人組が車に乗ってやってきた。頭割りすると一人約2000円、ビンギには悪いがパラアで待ってもらうことにして僕はボートに乗り込んだ。

この辺りのナイル川の川幅はそんなに広くなく、下流のエジプトのナイル川とは全く異なった姿を見せていた。水辺の動物はワニやカバが主流で、至る所にうようよいた。また様々な野鳥の姿も目を引いた。しかし何よりも小型のゾウがたくさんいたことには驚いた。そしてクルーズが始まって1時間半後、ついに僕の目の前にマーチソンフォールズが姿を現した。遠くではあるが轟音と共に水煙を上げている様は物凄い光景である。ボートはぐんぐんとナイル川を遡り、滝に近づいていった。すると突然ボートはエンジンをストップさせた。

どういうことか船長に尋ねると、これ以上行くのは危険とのことだった。しかしこれだと遠目にしか滝を見ることができない。再び僕は船長にもっと滝に近づく方法は無いか尋ねたところ、国立公園のトラックをチャーターして滝の上へ行けばよいとのことだった。僕は即座にトラックをチャーターして滝の上へ行く決心をした。ボートはマーチソンフォールズを後にして、再びパラアに向けて走り出した。

パラア近くの集落にて

僕はボートを降り、トラックをチャーターすべく予約カウンターへ向かった。するとまたもや問題が持ち上がった。カウンターにいた女性の話によると、何と国立公園のトラックはすべてマシンディまで食料を買いに行っているため、一台も残っていないとのことだった。

僕がチャーターしようとしていたトラックとは、僕がマシンディで待っていたれいの無料送迎トラックのことだったのである。どうも僕は国立公園のトラックに縁が無いようである。こんなときに限ってトラックはマシンディにいるなんて。

何と1日違いでトラックはマシンディに向かったのである。どうしたらよいかビンギに尋ねてみたが、彼も困った表情をするだけだった。ビンギはとりあえずブリサへ戻って、ブリサで車を探してもう一度国立公園へ向かおうと提案した。

これではいったい今までの苦労は何だったのだろうか。落胆した僕とビンギは再びブリサに向けて自転車を走らせた。

ウガンダ観光のハイライト、マーチソンフォールズ  
途中、1台の車とすれ違い、滝の上まで乗せてくれないか交渉してみたが、往復でUS$200と吹っかけてきたのでこれは断ることにした。

しかしまだツキは残っていた。国立公園のゲートを抜けて少し行ったところで、マシンディから帰ってきた国立公園の車とばったり出会ったのだ。当然この車を僕はヒッチし、滝の上まで行ってくれないか交渉した。

幸いにもOKしてくれたので、僕は再びパラアの予約カウンターへ逆戻りした。予約カウンターに戻るとカウンターにいた女性は「こいつまだいたのか。しつこい奴だな」といったあきれた表情をして僕の用件を聞いた。

女性は僕の足元を見てかどうかは分からないが、僕がヒッチした車は通常のトラックではなくランドローバーだったため、料金はトラックの倍の約16000円かかると言い出した。


マーチソンフォールズ

当然僕はこんな金額は払う気にならなかったので、いろいろと交渉を我慢強く続けるとついに女性は折れて、値段は一気に半額の約8000円まで下がった。僕はこの額で手を打ち、ランドローバーで滝の上へ向かった。

ランドローバーでのドライブはウガンダのどこにこんな車があったのかと思わせるほど快適で、悪路をものともせずにジャングルの中を突き進んだ。ドライバーのローレンスの運転も大変うまく、わずか30分程度で滝の上へ到着した。

車から降りた僕を迎えてくれたのは、滝のすごいしぶきだった。まさに凄まじいほどの迫力である。ナイル川は滝のはるか手前から激流となり、物凄い量の水が轟音と共に一気に流れ落ちた。滝は途中で2つに分かれて落下し、特に手前の滝はド迫力だった。

複雑に岩が組み合わさっているためか落下した水が岩にぶつかり、まるで間欠泉のように水煙を空中高くまで吹き上げていた。僕はしばし物凄い光景に言葉を失い、滝に見とれていた。滝にはトレイルがあって、いろいろな角度から滝を眺めることができた。

さらにトレイルは滝の下まで続いていたが、時間が無い。ビンギを国立公園のゲートで待たせているので僕は下に降りるのを諦め、パラアへ戻ることにした。

僕は無事ビンギとゲートで合流し、再び長い長い道のりを自転車で戻った。ブリサに到着したのは18時、丸半日の探検になった。こうしてウガンダの観光ハイライトの旅は終わったのであった。

 

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