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ビザの話


海外旅行をするためにはパスポートの他に、行く国にってはビザを取らないといけない場合もある。パスポートが「あなたは外国に行ってもいいですよ」という日本政府からの許可に対し、ビザは「あなたは私の国に入国してもいいですよ」というこれから訪問する国からの許可である。いわばビザは訪問国からの入国許可証ということになる。

ビザを取ることは結構厄介なことで、例えば今すぐにでも旅行したいと思っても、ビザを取ってからでないとその国に入国できないので、結局旅行するまでに時間がかかってしまう。急に休みが取れたので明日から旅行したいと言っても、ビザが必要な国への渡航は、空港や国境でビザを簡単にとることが出来るネパールやインドネシア等の一部の国を除いて、実質不可能である。最近でこそビザが必要な国は殆どなくなったが、昔は沢山あった。

ビザを取るためには、その国の大使館か領事館に出向くことになる。しかし大使館や領事館は東京や大阪などの大都市しかないため、地方に住んでいる人にとっては大変不便なのである。これでは海外旅行をする前に国内旅行をしなければならず、手間と時間と費用が余分にかかることになる。旅行会社に行けばビザの代行申請をやってくれるが、ビザの実費のほかに送料と代行手数料が必要になり、結局高くついてしまう。まあ自分で取ることの手間を考えれば、旅行会社に代行申請を頼むのが現実的なのかもしれないが。

ビザの必要な国に行く場合、僕はその国にしか行かない場合か旅行日数が少ない場合を除いて、旅先でビザを取ることにしている。そのほうが面倒な手続くも少なく、簡単に取れてしまうためである。例えばブラジルとアルゼンチンに行く場合、旅行の日数が十分にある場合は、ビザの必要なブラジルを後回しにして、まずビザの不要なアルゼンチンに入国し、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにあるブラジル領事館でブラジルビザを申請する。これならブエノスアイレスの観光のついでにブラジル領事館へ行けるので、時間のロスも手間も最小限に抑えられるのである。また隣国でビザを取る場合、ビザ代金も日本で取るよりもかなり格安の場合が多い。

バックパッカー等の長期旅行者は、まず僕と同じ方法でビザを取っている。彼らには時間がたっぷりあるので、わざわざ高い金と手間をかけてまで日本で取る意味がないからである。また仮に日本でビザを取っていったとしても、その国に入国するまでにビザの有効期間が切れてしまうことも考えられる。殆どのビザの有効期間は取得した日より3ヶ月で、長くても半年という国が殆どなのである。

僕は今までに多くのビザを、日本以外の国で申請し、取得してきた。その多くが煩わしい手続き不要で、簡単に取ることが出来た。しかし中には例外もあり、ビザを取得するのに大変苦労したこともあった。その一つがトルコのイスタンブールで申請したブルガリアビザだった。

申請時間が朝の9時から11時までなのであるが、何故かイスタンブールのブルガリア領事館には朝の9時前に行っても、ビザを申請する人たちの長蛇の列が出来ていたのである。それも日を変えていっても同じなのである。まるで休日のディズニーランドの開園前の入場ゲートを彷彿とさせるといったら言い過ぎかもしれないが、それに決して劣らないほどの盛況ぶりなのである。それも列に並んだのはいいが、11時までに自分の番が回ってこなければその日は申請すらしてくれないのである。

僕は運良く1回目で申請にこぎつけることが出来たが、当時多くの日本人が11時の壁にはねつけられ、ブルガリアビザを取得するためにイスタンブールでの滞在を余儀なくされていた。しかし無事に申請にこぎつけられたことに安心している暇もなく、僕は渡された申請用紙を見て唖然となってしまった。

何とそこに書かれていた質問事項はすべて現地語で書かれており、僕には全く理解できなかったのである。せめて英語か又はスペイン語やイタリア語などの英語に順ずるアルファベット系の言語なら、大体の質問の意味はニュアンスで読み取ることが出来るが、ブルガリア語の文字といえばロシア語の文字ように私にとっては解読不可能な文字である。

僕は長年の勘を頼りに質問事項の答えを書いたが、質問事項の半分以上は何を書いていいのかわからない。仕方がないので、僕は隣にいた同じくビザを申請にきていたトルコ人に申請用紙を見せてもらい、そのトルコ人が書いた内容をそのまま写させてもらった。何と全く同じ内容を申請用紙に記入したのだった。僕はもし領事館員におかしいところを指摘された場合、その時に言葉で答えればよいと思ったのだ。

そしていざ申請用紙を提出、僕の申請用紙はあっけなく受理され、何も質問されることなく数日後には無事ビザを取ることが出来た。おそらく僕が申請用紙に書いた内容は、その半分以上がめちゃくちゃで的外れの答えであったことに間違いないのであるが。結局ビザ申請は、こんなものなのである。

もう一つ、チリのサンチアゴでパラグアイビザを申請した時の話である。僕はいつものように領事館へ行き、ビザを申請した。そして僕の申請用紙も無事に受理され、後はビザが出来上がるのを待つだけになった。と、ここまではいつものビザ申請同様、滞りなく進んだ。しかしビザを取りに行く段階になって、問題が起こったのだ。何と、人生初のビザ不許可になったのである。

その理由はニカラグアビザが僕のパスポートに押されているからというものだった。当時のパラグアイはチリのピノチェトやアルゼンチンのビデラほど弾圧による多数の行方不明者は出してはいないものの、悪名高き軍事独裁政権だったのだ。当時のパラグアイの大統領はストロエスネルで、1954年以来ずっと政権の座にいた。先ほど紹介した隣国の独裁者と比べれば少しおとなしい感はあったものの、自分の名前を地名にするところなど、しっかりと独裁者をしていた。イグアスの滝のパラグアイ側の国境の町シウダ・デル・エステは、ストロエスネルが失脚するまではプエルト・ストロエスネルと呼ばれていたのだった。

当然、当時のニカラグアのサンディニスタ左翼政権とは敵対関係にあり、ビザを拒否されても文句がいえない理由はあるのだが、僕はどうしてもパラグアイに行きたかったので、もう一度パラグアイビザを別の国で申請してみることにした。申請する国を変えれば、一度拒否されたビザでも下りる可能性があるからだ。そして僕はブラジルでパラグアイビザを再申請することにしたのだった。

僕は旅先で出会った日本人のパスポートに、ネパールビザがあるのを発見した。ネパールビザはシールとなっていて、簡単にはがれるということを知っていた。ふと僕は出会った日本人のネパールビザを借りて、問題のニカラグアビザの上に貼り付け、ニカラグアビザを隠して、パラグアイビザを申請してみようと考えた。僕はその日本人にネパールビザを一時的に借りるという了解を得ていたが、よく見るとネパールビザよりニカラグアビザの方が一回り大きく、この案ははかなくも消えてしまった。

結局、小細工することなく正々堂々とビザを申請することになった。僕はいざサンパウロにあるパラグアイ領事館へ行き、パラグアイビザを申請、そして待つこと数日、僕は緊張のビザ受領日を迎えた。パラグアイ領事館へ行くと、何の問題もなく無事にビザが下りていた。僕は気合を入れて領事館へ出向いていたが、あまりのあっけなさに少々肩透かしを食らってしまった。しかも敵対するはずのニカラグアビザのすぐ横のページに、パラグアイビザのスタンプが仲良く押されているではないか。南米諸国のいい加減さはこんなものなのである。

このように苦労の末、取得したパラグアイビザを使うべく、僕はパラグアイに入国した。しかし僕はパラグアイに何があるか、見所は何なのか全く知らなかった。唯一、首都がアスンシオンということだけは知っていた。当然、当時はまだパラグアイを紹介した日本のガイドブックは存在しなかった。あの「地球の歩き方」の南米編すら、まだ世の中に出ていなかった。ただ僕は「パラグアイ」という言葉の響きに魅せられていたのだった。

パラグアイは良く言えば、どこまでものどかな国だった。悪く言えば、僕が今までの南米の旅で経験したことがないほどの田舎だった。それも徹底的に田舎だった(パラグアイの好きな方、すみません)。首都アスンシオンであっても、背の高い近代的と呼べる建物は一つもなかった。

そう言えば他の南米の国々の人々はパラグアイのことを「El Gran Campesino(エル グラン カンペシーノ)ド田舎を意味するスペイン語」と呼び、パラグアイのことをバカにしていたのを思い出した(一方パラグアイ人は、ボリビアのことを「El Gran Campesino」と呼んでいた)。僕はパラグアイ全土を旅行したわけではないが、苦労して取得したビザの割には、少々拍子抜けに終わってしまったパラグアイの旅だった。

 

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