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手ごわい国 ザイール

ある意味で僕は日常では経験することのできない刺激を求めて旅をしていると言えるのかもしれない。その刺激は時として試練というものに名前を変え、僕に向かってくる。そしてこの刺激(試練)を自らの力で克服することで満足感を得ることができ、一回り大きな人間として成長してゆくように感じるのである。

よく今までに旅行会社のパッケージ旅行にしか参加したことの無い人が、初めて自由旅行を経験して無事帰ってくると、その人が成長して見えるのと同じである。おそらくその人はパッケージ旅行で味わえなかった刺激に遭遇し、それを克服したことによって自信をつけたため、他人にはその人が成長して見えたのであろう。実際その人も立派な旅行人として成長しているのである。

これらの刺激は何度も海外旅行を経験して海外旅行に慣れてくると、日本とそれほど文化や習慣が違わない西ヨーロッパの国々やアメリカを旅行した程度では、なかなかま新しい刺激が得られず、むしろ自分から刺激を探し求めて動き回らなければならなくなる。

しかし日本と文化も習慣も全く違う中南米やアフリカの国々へ行けば、刺激は自ら探さなくても向こうから勝手に迫ってくるのである。当然これらの国々への旅は、旅行日数や時間的な余裕があってもハードな旅になることが多く、場合によっては体力的にも精神的にも疲労困憊してしまう。

僕がナイジェリアへ行ったときはひどかった。ナイジェリアは旅行者の間でも特に評判が悪く、ナイジェリアを世界最悪の国と言って嫌う旅行者が多い。僕も強盗と化している役人や、いつ暴徒化してもおかしくない国民にビクビクしながら旅行していた。しかし今まで僕が最も手ごわいと感じた国は、ナイジェリアではなザイール(現コンゴ民主共和国)である。

僕の訪問が内戦勃発直前だったこともあり、ザイールは僕に次から次と「これでもか、これでもか」と言わんばかりに、考えられるあらゆる試練と呼ばれる刺激を与え続けたのだった。


ザイール東部のブカブの町にて

まずザイールの役人はナイジェリア同様、腐りきっている。現在では政権が交代していてその詳細は分からないが、僕が旅した頃のザイールはモブツ独裁政権下にあり、役人や兵士への給料がほとんど支払われてなかった。そのため役人や兵士は穴埋めのために国民や旅行者を脅し、金品を巻き上げていたのである。

まず第一関門が、ザイール入国の際にやってくる。イミグレでスタンプを押してもらうだけでも一苦労で、賄賂なしではなかなか通してくれない。

ちなみに多くの空港職員は、とてもザイールでは手に入りそうもないウォークマンを聞きながら働いている。

おそらくそれらは旅行者から巻き上げたものだと、容易に想像がつく(僕はウガンダのカバレから陸路でザイールに入国したが、どういう訳か賄賂の要求なしに無事入国できた)。

本来、治安を守るべき者がこれだから、どうしょうもない。まるでフレデリック・フォーサイス著の「戦争の犬たち」の舞台となっている国の役人のようである。また川の上でも気が向くと、多くの船を止めて金品を要求していた。ザイールで兵士や警察の姿を見かけたら、隠れたほうがよいだろう。必ずといってよいほど、難癖をつけてきて金品を要求してくるのがオチである。尋問の際はマシンガンを突きつけられるため、安易に反抗できないのも悲しい。

またザイールの交通事情はないに等しい。一応、エールザイールという航空会社はあるが、気分しだいで飛んだり飛ばなかったりする。道路事情も最悪で、公共の交通手段は全く無い。そのため町から町へ移動するには歩いてゆくか、たまに通るトラック(ローリー)をヒッチハイクして荷台に乗せてもらう以外にない。ほとんどの道路は未舗装のため、雨季にはさらに過酷を極め、そこらじゅうで道路が寸断する。ローリーはスタックを繰り返し、わずか数キロの距離を行くだけでも何時間もかかってしまう。

僕もウガンダとの国境からザイール東部のゴマ市内まで、ローリーをヒッチハイクして荷台に乗せてもらったが(荷台にへばりついていたといったほうが正確)、途中で物凄い豪雨に遭い、体だけでなく大切な荷物の中身まで浸水してしまった。逆にこれで気を使うものが何もなくなったことにより、怖いものなしとなり、開き直って随分気が楽になった。

現地の人のほとんどは、町から町への移動手段は徒歩である。たとえ隣の町や村が数十キロ離れていても、あのジャングルの悪路を裸足か草履をはいて平気で歩いてゆく。僕はあるザイール人の足の指を見せてもらったことがある。それを見て驚いたことは、小指がしっかりとした指としての機能を果たしていることである。日本人の足の小指は申し訳程度に生えているにすぎないが、ザイール人の足の小指は、誰が見ても親指などと肩を並べるくらいに本物の指なのである。そのとき僕は多くの日本人はあまり歩くことをしないため、小指の退化が始まっているのだと感じた。

こんな交通事情のため、ザイールでの旅程は必ずといってもよいほど、狂いまくる。一旦ザイールに入国すると、今度はいつ出国できるか分からなくなる。国境方面に向かうローリーが、いつやって来るか分からないからだ。1週間以上、来ないことよくあることだ。何をするにも何かと時間が掛かり、いくら旅程に余裕があっても、全く先に進むことすらできないのである。

また病気にも注意が必要である。僕がザイールに行く少し前に、キクウィトで致死率90%ともいわれているエボラ出血熱の大流行が起こり、多数の死者を出した。感染経路から旅行者がエボラ出血熱にかかる可能性は低いといえるが、ザイールにはもっと身近で注意しなければならない感染症の危険性がある。それはマラリアである。

マラリアは蚊が媒介する感染症で、かかると40度近い高熱を繰り返す。僕はザイールでマラリアを発症した旅行者に出会ったが、ひどい寒気と頭痛に苦しんでおり、裸でいても暑い気温なのにシュラフと毛布に包まっていた。マラリアにはいくつかの種類があり、そのうち熱帯熱マラリアが最も悪性で、死亡率も高い。

またハードな旅を続け、体力が消耗しつくしているときに、マラリアを発症すると重症化することが多い。しかしながらザイールの旅で体力を消耗するなといっても不可能で、衛生状態が悪く医療機関が全く充実していないザイールでマラリアを発症すると致命的である。マラリアはこの地域の子供の死亡率の上位を常に占めており、決してあなどれないのである。要は夜、蚊にさされなければ感染はしないのだが、そんなことは不可能に近い。そのため副作用覚悟で、マラリアの予防薬を毎日ないしは毎週服用し続けなければならない。

ザイールの食べ物はというと、あまり期待しないほうがよい。洋食もあることはあるが、日本よりも高く、とうてい貧乏旅行者には手が出ない。そのため現地食に頼ることになるが、正直なところどれもおいしくない。それでも僕はきちんと食事をとっていたのだが、ザイール滞在中は何故か体重がどんどん減っていった。食事のカロリーが低いのと、ハードな旅によるカロリー消費が原因だと思われる。

ザイールで友人になったアメリカ人旅行者は、あまりに体重が減るのでザイールダイエットと呼んでいた。またザイール人は食べられそうなものは何でも食べる。ゾウ等の野生動物はもちろんのこと、猿を燻製にして食べたり、カブトムシの幼虫を生きたまま食べたり、国際的保護の対象になっているボノボ(猿の仲間)さえ食べる。

また時には人肉も食べ、時々ザイールのレストランが客に人肉を出しているとニュースになることもある。人肉嗜好と聞くとパリで起こった何とかいう日本人の食人事件を思い出してしまうが、実はこのカニバリズムと呼ばれる人肉嗜好の習慣は、アフリカではそんなに珍しいことではない(もちろんアフリカでも違法である)。

ウガンダの独裁者アミン元大統領や中央アフリカの独裁者ボカサ元皇帝の人肉嗜好の話はあまりにも有名で、また西アフリカのシエラレオネやリベリアなどでは内戦中に兵士が敵兵士の心臓や内臓を食べる習慣が一般化していた。敵の心臓を食べることによって、敵の能力を手にすることができると信じられていたからだ。世界的に有名なアメリカ人の傭兵だったボブ・マッケンジーは、シエラレオネ内戦で戦死し、反政府軍に心臓を食べられてしまった。

僕が旅した頃は隣国ルワンダでの大虐殺事件の直後であり、虐殺の加害者であるインティラハムウェと呼ばれるフツ族民兵が武器を持ったまま難民としてザイールに流入し、ゴマ周辺に巨大な難民キャンプを形成していた。難民キャンプでの発砲事件は日常茶飯事となっており、治安・衛生状態共に最悪の状態にあった。そのため軍事的緊張も高まっており、ザイール兵もピリピリしていた。この不安定な状態がやがて多くの周辺諸国を巻き込み、アフリカ大戦と呼ばれたコンゴ内戦に直結する下地を作ることになった。

北キブ州のゴマやブカブでは多くの兵士が町を徘徊しており、決して居心地のよい雰囲気ではなかった。僕はブカブでアメリカ人、イギリス人、マレーシア人の旅行者に出会い、しばらく一緒に行動していた。彼らは町のあまりの緊迫感から、半分怯えていた。ある日、僕たちは偶然、国連のUNHCRの方と町で出会った。

その方から僕たちは、ザイールは内戦勃発の危機にあり、すぐに出国するよう警告を受けた。僕は確かに緊迫感はあったが、そこまでひどい状況になっているとは感じていなかった。その後、僕たち4人はブカブのホテルを後にし、その国連の方の家に保護された。そして国連の方のアドバイスのもと、出国方法を検討した。

その結果、僕を除く3名は飛行機でウガンダのエンテベ空港へ行くことになり、僕は陸路でルワンダに避難することになった。2年前に大虐殺があったばかりのルワンダである。国連の方には、今のザイールよりルワンダのほうが安全だと確信するものがあったのだろう。案の定、僕がザイールを出国して数日後、北キブ州からコンゴ内戦が勃発したのだった。そして僕はそのニュースをルワンダで聞いたのだった。


ブカブの町
内戦が近づいていたためか、人通りがほとんど無い



ブカブの町より、キブ湖を望む
政情さえ安定しておれば、風光明媚なよい町なのだが。

コンゴ内戦は一応、モブツのだらしない政府軍とローラン・カビラ率いる反政府組織との戦いの構図になっているが、その他にもザイール国内の様々な武装組織も加担していて、より複雑になっていた。その中にはマイマイと呼ばれる武装集団のように、全く政治的な考えが無く、ただうっぷんばらしのために戦闘をしている狂った集団もあった。

マイマイはほとんどが10歳代の若い武装グループで、水撒き用のホースをアクセサリーにしており、さらに草でできた帽子をかぶっていて、その帽子をかぶると自分たちが透明人間になるのだと信じている。一応、自分たちの村を守るためという大義名分はあるようだが、まわりから見ているとただ治安を乱しているだけの集団としか思えない。内戦中は政府軍、反政府軍からも目の敵にされ、多くの死者を出した。

余談ではあるが、アフリカには実にユニークな武装組織や兵士が多く、それらが各地の内戦をさらにややこしくしている。例えば西アフリカのリベリアでは内戦中、裸のままで戦闘に参加する「おしりまるだし将軍」と呼ばれた兵士がいたそうだ。そのあまりにもユニークな戦闘スタイルから、西側諸国のバックパッカーの間で人気が高まり、ファンクラブまでできたそうである。

末端のザイール兵も、その戦闘スタイルはマイマイには負けてはいない。彼らの武器はというと、原始時代さながらの槍や棍棒だった。それで白兵戦に挑むそうだが、槍や棍棒での戦いは意外にも死者は多数出ないようである。但し、そのぶん負傷者がやたらと出るようである。町をうろついている末端のザイール兵の中にはマシンガンを持っているものもいるが、はたして使い方を知っているのか疑問である。

町で暴動まがいのことが起こっても、僕は結局ザイール兵が発砲したところを見なかった。ただいきなり暴発されると、もともこもない。またザイールにはダワと呼ばれる習慣がある。ダワとは一種のまじないのようなもので、戦闘の前に祈祷師にダワと呼ばれるものを体に注入してもらうと、敵の弾が飛んできても自分の前で落ちるとされている。

しかし戦闘中に恐怖心を頭にいだいてしまうと、ダワの力が薄れ、効力をなくすとされている。つまり戦闘で死んだ者は、恐怖心を持ったためだと片付けられてしまうのである。ザイール兵は今でもダワの力を信じており、実際ダワのおかげで助かったと胸を張っているザイール兵は多い。いずれにせよ迷信的な習慣であるが、アフリカではこれに似たケースが少なからずある。先ほどのマイマイのケースもそうだが、スーダン内戦では体にナツメヤシのオイルを塗れば敵の弾を防げると信じた兵士が、戦闘で多数の死者を出した事件などがよい例である。

ザイールは世界でも有数のマウンテンゴリラの生息地でり、ビルンガ国立公園などではマウンテンゴリラを見に行くツアーが行われている。また北キブ州は多くの湖や火山が点在する風光明媚なところであり、特にニーラゴンゴ火山は山頂火口に世界でも珍しい活動中の溶岩湖がある。その他ザイールは多くの観光資源に恵まれているが、先述のような諸事情のため、これらを容易に訪れることができないのが非常に残念である。ザイールは今思えば僕にとって、あまりにも刺激的で思い出深い国になったことには間違いが無く、今後事態が落ち着けばもう一度ザイール(コンゴ)に行ってみたいものである。

 

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